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   巻頭文(求道のあかし)

令和8年6月1日
佐田靖治


 
 仕組みの拡大が異常に大きくなって、今にも廃墟の領域を乗り越えるのではないかと思わされる展開が続いていた。そして発生の源ではないかと思われるまっさらな領域に佐田のミタマの息吹きが抜けて、先頭宇宙もそちらの領域に入り始めているとの情報が出されていた。ところがそれがまた偽情報ということが判明した。廃墟の五の新領域に突っ込んでいることがわかってきたからであった。五月の二十三日(土)のことである。

 廃墟の三と四が出現したのは二年前のことであったが、セットを組んでいた。最初の段階で廃墟は一と二があったことになるわけであるが、今回は単独の五だけの出現であった。なぜそうなのかの解明をすることはそれほど難しいことではなかった。伏魔殿廃墟を管理しているコンピューターの設定が、ゼロと一を基準にしているシステムだったからである。それに対して佐田体制の仕組み宇宙では、ゼロ管理システムを取り入れて新しい世界の構築を目指して進んでいる。

 ゼロと一の設定では表と裏の二つの領域を前提にしなくてはならない。ところがゼロ管理システムではゼロに対しての表と裏の設定で、領域は一つですむ勘定である。無と有の廃墟と世界に対して、無の表と裏では決定的に違う展開とならざるをえない。この理念は数年前に佐田が提唱して、ホーキング博士などの異次元科学者たちがそれを即座に理解し受け入れて、そのシステムを完成させてしまっている。ところが物質地球科学ではその理論を理解することはできても、それを作り出す努力がなされているようには思えない。

 コンピューター科学の前提が崩れてしまったのでは、長い時間をかけて構築されたシステムが崩壊してしまう。それを恐れる伏魔殿廃墟体制が物質現場の新科学を破壊してしまうのである。しかし正統派の仕組みメンバーは異次元科学を中心にそれを推し進めてきた。なぜそれができるかと言えば、異次元には多層の世界があるからである。物質人間世界しか見えない地球科学では及びのつかない世界があることの認識すらないのでは、人間を超えた神の存在すら認めることは難しくなってしまう。

 そのことはともかく廃墟五について少し考察しておこう。四から五に拡大したということは、当然領域の拡大、つまり時間と空間が拡大したことを意味するわけであるが、普通に考えると永遠無限の過去のことを思わされてしまう。それは有限の人間にとっては気が遠くなるような感覚で、ある意味では絶望の淵に落ち込んでしまうほどの難儀な仕組みの作業を目の前に突きつけられる感覚を覚えることとなる。しかし同じことを何度も繰り返してきた仕組みの経験者には、もはやその詐術は通用しなくなってしまっている。

 往路の廃墟宇宙は同じことの繰り返しでしかない。ただ果てしなく広がっていくだけのことで、時間的には一定領域では同じ設定の繰り返しでしかない。空間で広がれば全体的に時間が無限感覚になるとしても、廃墟五の領域では平面上は同じ過去が埋もれているだけのことである。根気よく作業を続けていくだけで処理できてしまうのである。そしてそれにも慣れてしまっている。


 この巻頭文は「光泉堂だより」に毎月掲載しているものです。

 

 
 
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